眺望やアクセスがよく、価格も一軒家より手頃とされる。超低金利の今なら
有利な条件で融資も受けやすい。相変わらず都心のタワマンが大人気だ。
だが、そこには大きな落とし穴が潜んでいる。
「パワーカップル」の悲劇
宝石箱をひっくり返したように、眼下にキラキラと輝く東京の夜景。その先
には東京スカイツリーが青白く浮かび上がる。
「ついに憧れの生活を手に入れた」
'19年に東京・豊洲のタワーマンションを購入した中野浩さん(43歳・仮名)
は、「一度はタワマンに住んでみたい」という妻(39歳)の夢を叶えた。
だが、それは苦悩の日々の始まりでもあった―。
中野さんは外資系製薬会社勤務で年収800万円、妻の美里さんはPR会社勤務
で500万円。夫婦共働きで年収1300万円を超える、いわゆる「パワーカップ
ル」だ。
地方出身の中野さん夫婦は東京でのタワマン暮らしに憧れ、築10年になるタワ
マンの29階60㎡の一室を1億円で購入した。頭金は二人で貯めた1000万円で
残額は夫6000万円、妻3000万円のペアローンを35年で借りた。住宅ローン
に管理費や修繕積立金を加えて夫婦それぞれが毎月12万円支払う程度なら十分
に生活していけるし、それぞれが住宅ローン控除の恩恵を受けられる。
「地方から出てきて、憧れのタワマン暮らしを賢く手に入れた。私は東京で
成功したーー正直に言って当初はそう思ったんです」(中野さん)
雲行きが怪しくなったのは、新型コロナウイルスの蔓延だった。夫婦ともに
在宅勤務となり、家で過ごす時間が増えた。
「すると、妻の体調とメンタルが次第におかしくなっていったのです。住ん
だ当初は気にならなかったのですが、台風などが近づいて強風が吹いたり、
地震があったりすると、タワマンの高層階はゆっくりとした横揺れが長く続
くんです。これで妻が参ってしまった。
近隣住民の生活音にも悩まされます。上の階と隣に子供がいる家庭が入って
いて、足音や泣き声が聞こえてくる。在宅勤務中に聞こえる子供の騒音には
つい怒鳴り込みたくなる気持ちに駆られました」(中野さん)
コロナ禍によって勤務先の業績が悪化し、二人のボーナスは大幅カット。ボ
ーナスを当て込んだローン返済計画を立てていたため、生活はたちまち苦し
くなった。
「豊洲にある高級スーパーでの買い物も、週に1回の外食も、週末のスポー
ツクラブ通いも、すべて諦めて、生活費を節約しなくてはならなくなった
のです」(中野さん)
結局、中野さん夫婦はタワマン生活のストレスから些細なことでの言い争
いが絶えなくなった。中野さんがコンビニで物を買うと妻から無駄遣いだ
と罵られ、妻がフリマアプリで中野さんがかつてプレゼントしたアクセサ
リーを売ったと知り、激昂した。夫婦仲は修復不能になり、今年になって
離婚した。
「妻は親にローンの残額を肩代わりしてもらい、実家に帰りました。私に
残されたのは、5000万円を超える借金とタワマンでの空虚な暮らしです。
会社の業績も上向かず、リストラ予備軍に数えられている気配も感じます。
解雇されたらローンが返せなくなり、自己破産も視野に入るでしょう。
タワマンを買ったくらいで成功者になったなどと自惚れた過去の自分が情
けない」(中野さん)
高層階と低層階の格差
バベルの塔のごとくそびえ立つタワマンには、高層階と中層階、低層階で
住む人の懐具合が明確にわかってしまうという残酷な一面もある。とりわ
け、子供を育てている場合は、家庭間の格差を実感せざるを得ない。
本山可奈子さん(42歳・仮名)は3年前、長男の小学校入学に合わせて川
崎・武蔵小杉にあるタワマンの23階に入居した。夫は大手広告代理店勤務
で年収1200万円。可奈子さんは専業主婦だ。
「引っ越してきてしばらくは息子の小学校のママ友も多く、みんなでヨガ
サークルに参加したり、ランチをしたりして、楽しく過ごしていたんです。
でも、徐々に格差を意識せざるを得なくなりました。
一回2000円のランチを毎週のように食べるのは、専業主婦の私からすれ
ば無駄遣いのように思えるのですが、高層階に住むママ友たちは気にしま
せん。聞けば、ご主人が医者だったり、会社の経営者だったりすると知り
納得しました。
夫からはママ友との付き合いになんでそんなにおカネがかかるんだとなじ
られますが、ランチ会は子供の学校の情報交換の場にもなっていて断れま
せん」(可奈子さん)
今年、長男が小学校3年生になり、学習塾代が追加で必要になった。可奈
子さんが続ける。
「タワマンの上層階に住むママにとって、中学受験は小学校3年生から塾
に通って準備するものなんです。
仮に『ウチは5年生からでいい』と思っても、その時には塾に空きはあり
ません。息子が落ちこぼれるのは嫌なので、周囲と同じ塾に通わせること
にしました。学費は月額6万円ですが、まだ安いほうです。
高層階の子供たちは夏期講習に、ピアノや英会話などの習い事の費用で
年間100万円はゆうに超えているでしょう。同じタワマンに住み、子供
とママ同士のつながりがあるために、親が子供の教育にいくら『課金』
しているのかが可視化されてしまうのです」
可奈子さんが最近気になっているのが、長男の言動だ。以前は日が暮れ
るまで一緒に遊び、仲がよかったはずの低層階に住む友達とエントラン
スですれ違っても、目を合わさなくなった。
「息子は彼らを見かけると『塾も行かずに遊んでばかりで、あいつらは
気楽でいいよな』などと口走るようになったのです。このまま、タワマ
ンと学習塾の往復だけの日常が続くと、息子がきちんと育つのかどうか
不安です」(可奈子さん)
「週刊現代」