コロナ禍は経済も企業活動も大きく変えた。2021年に入って、超一流企業の
「自社ビル売却」が耳目を集めている。
電通が東京・汐留の本社ビル売却を進めていることが報じられたのは1月下旬
に入ってから。売却額は3000億円規模と見られ、優先交渉先も決まった。それ
にしても、2020年12月期決算が2年連続赤字の見通しとはいえ、資金も資産も
潤沢な広告業界の雄の決断は、「ついにそこまできたか」と財界を驚かせた。
同ビルは2002年竣工。地上48階建てで巨大な商業施設も入居し、電通の権
勢を象徴する“城”だった。売却後も「店子」として本社機能は残す計画だが、
自社ビルを失う衝撃は大きい。ある中堅社員は、「コロナ後は出社する社員が
8割減で、こんな広いオフィスは要らないと冗談で言っていましたが、まさか
本当に売却されるとはショックです」と語る。
昨年12月には、音楽業界の大手・エイベックスも東京・南青山の自社ビルを
売却すると発表している。電通社員が言うように、コロナ対応でリモートワー
クが浸透した企業では、自社ビルか賃貸かにかかわらず、オフィスをダウンサ
イジングする動きがあるが、有名企業であるほど、周囲からは「経営がうまく
いっていないのではないか」と見られて、デメリットも少なくない。
『週刊ポスト』(2月1日発売号)では電通、エイベックスはじめ一流企業の自
社ビル売却の歴史を特集しているが、そこで紹介できなかった3つの企業のケー
スを振り返ってみる。
企業の栄枯盛衰の象徴として語り継がれるのが、東京・原宿のコクド本社ビル
の売却だ。同社はかつて西武グループの中核で、同グループの“天皇”だった堤
義明・元会長がここからグループ幹部に指示を飛ばす本陣のような場所だった。
堤氏はここにヘリコプター通勤しているという都市伝説もまことしやかに語ら
れた。
しかし、2004年に発覚した証券取引法違反事件で堤氏も翌年3月に逮捕され
グループは再編に乗り出す。「脱・堤」を急ぐ新経営陣は、同7月には本社ビル
を売却、8月には解体工事が始まり、わずか1年ほどの間に権力の象徴だったビ
ルは更地に変わった。『経済界』編集局長の関慎夫氏が語る。
「原宿の本社ビルは、義明さんの居心地が良いように作られたお城でした。
だから、彼が失脚すると同時に売却されたのも当然です。義明さんは当時、西
武グループ社員からすると神様のような存在で、その言葉は絶対という社風で
した。義明さんのすることに疑問を持つような人は、そもそも社員になってい
なかった。記憶が定かではないのですが、たしか社屋には義明さんの父・康次
郎さんを祀る仏間や茶室などもあったはずです。社屋というより、義明さんの
私邸のようなものでした。ヘリコプター通勤? それは嘘じゃないですかね」
一流の凋落を象徴する例として、関氏はもうひとつ、山一證券を挙げる。
「旧4大証券のなかでは、野村證券の本社ビルなどは古かったですが、山一の
本社は抜きんでた威容を誇っていました。自社の所有ではありませんでしたが
上層階は社員の住居にもなっていて、
“エレベーター通勤”する社員たちは喜んでいましたね」 東京・茅場町にあっ
た山一の新本社ビルは、同社が経営破綻するわずか1年前、1996年10月に竣
工した。1年後には報道各社が押し寄せてテレビに連日映された場所だ(ちな
みに、記憶に残る社長の号泣会見が行われたのはこのビルではなく、東京証券
取引所だった)。破綻後には、大家だった秀和から追い出されるように退去し
社員たちが早朝に山一の看板をこっそり撤去した逸話も残る。ちなみに、この
ビルに面した道を大手町方向に歩くと、山一とほぼ同時に経営破綻した北海道
拓殖銀行の旧本店もあり、金融業界では当時、「破綻ストリート」などという
ありがたくない名で呼ばれたこともある。
コロナ禍のビル売却では、上記の電通、エイベックスに先行したのが、アパ
レル大手・三陽商会だ。2020年7月、銀座の旗艦店が入る自社ビルの売却を発
表し、9月に退去した。同社は2015年にイギリスの高級ブランド「バーバリー」
とのライセンス契約が終了し、それ以来、昨期まで4期連続の最終赤字に苦しん
でいる。同社の大江伸治・社長はメディアの取材に、「新型コロナウイルスの
感染拡大による減収を受け、キャッシュを確保するために決断した」と答えて
おり、資金繰りのための苦しい売却であることを認めている。 東京商工リサ
ーチの常務情報本部長・友田信男氏は、「バーバリーとの契約終了の当時、社
内ではそこまで深刻な影響が出るとは思われていなかったようです。しかし
減収減益が続き、人員整理も進めている。
資産の切り売りをしなければならない苦しい状況です」と分析している。
「NEWSポストセブン」